俺物語
CLASSE代表
和田しょういち
こんにちは。

髪質改善美容室CLASSE表参道
代表の和田しょういちです。
今日はちょっとだけ、僕の話をさせてください。
「自己紹介」って言えばそうなんですけど、もうちょっと踏み込んだ話——CLASSE【クラス】がなぜこういうお店になったのか、和田しょういちってどういう人間なのか、を知ってもらうためのページです。
先に言っておくと、僕はめちゃくちゃ遠回りしてきた人間です。
カッコいい話はひとつも出てきません。
でもね、その遠回りがなかったら、今のCLASSEは絶対に存在していないんですよ。
これ、盛ってるんじゃなくて、本気でそう思ってます。
そんな1人の美容師の物語。ちょっと長いですけど、よかったら最後まで読んでみてください。
美容師になるつもりはなかった
美容師という仕事に興味を持ったきっかけは、意外なくらい単純で。
なんだかカッコよく見えたんです。
僕は猫っ毛でサラサラの髪質でした。でも高校生の僕が憧れていたのはツンツンしたショートヘア。
どう頑張っても自分では再現できなかったんですよね。
「どうやったらカッコよくなれるんだろう?」
「見た目ってどうやったら変わるんだろう?」
そういうことに興味を持ち始めたのがきっかけだったと思います。
ただ。
この時点では、美容師になるつもりはまったくありませんでした。
じゃあ何がきっかけで人生の舵を切ったのか。
それが、次の話です。
人生初の挫折——内定取り消し
高校時代の僕は、自分に向き合いもせず、ただ与えられたレールに乗っかっていただけでした。
バイトして、遊んで、赤点取らない程度に勉強して、趣味でバンド(楽器はベース。LUNA SEAのJが今でも最高にかっこいいと思ってます。)やってる時くらいが楽しかった
それくらいしか覚えてないレベルです。
本当に自分の人生に、まったく向き合っていなかった。
流されていただけ。
だからちょっと頑張れば行ける大学へ進学し、勉強もしないでバイトして遊んで、時期が来たら周りと同じように就職活動をして、なんとか零細企業に内定をもらえた感じです。
ところが
年末になって突然の内定取消。
会社の業績悪化が理由でした。
その時ですね、初めてのターニングポイントは。
「誰かに人生を握られるのは嫌だ」
「自分の人生は自分で決めたい」
生まれて初めて、そう強く思ったんです。
なら、どうせ挑戦するなら興味のある分野の美容師をやろう!となったわけです。
急いで調べたら地元愛知の中部美容専門学校一宮校が二次募集を受け付けていたので入試を受け、ギリギリ美容学生になれました。
ギリギリです。本当にギリギリ。
ここで間に合ってなかったら、今の僕はいません。
現実は想像以上に厳しかった
美容学生時代はかなり頑張ったと思います。
特に就活は気合い入れました。出遅れ美容師の僕は「絶対に表参道・原宿で働く」って覚悟を決めて、有名店だけをたくさん受けた。
そんな中、合格をいただけた某有名美容室(退社時に名前を出せない制約を結んでいるので、ご来店の時に聞いてみてくださいね)に入社。
覚悟はしてました。厳しいだろうと。
でもね、現実は「想像以上」なんてもんじゃなかった。
学生気分から突然、5時間睡眠。16時間労働。毎日の練習。毎日の勉強。
同期は15人いたんですけど、1週間で7人になりました。3年経つ頃には5人。最終的にスタイリストになったのは3人です。
デビューした店は、思い描いていた場所じゃなかった
それでも3年10ヶ月でスタイリストデビュー。だいたい5年目でデビューする世界なので、当時としてはかなり早いほうでした。
で、僕はこう思ってたんです。
「デビューさえできれば、新規のお客様がアホみたいに入ってくるんでしょ?」って。
先輩たちを見てると、本気でそう見えたんですよね。
だから僕は、技術以外のことを何ひとつ学んでいませんでした。
……というか、そもそも学ぶカリキュラムなんて、どこにもなかった。
これ、あとでめちゃくちゃ効いてきます。
いざデビュー、スタイリスト生活がスタート。
でも、配属されたのは表参道の本店じゃなくて、安売りの一見さんばかりが来る原宿店でした。デビューしたてのジュニアスタイリストが腕を磨くための”登竜門”みたいな位置づけのお店です。
で、前のサロンは歩合が発生するのは指名売上だけだったんですよ。
つまり、フリーのお客様をどれだけたくさんこなしても、自分のお給料には1円も乗らない。フリーの売上は全部会社の利益です。
今にして思えば、かなり搾取されてましたよね。
そして、指名売上が100万円に届いたら、晴れて表参道の本店に戻れる
そういう仕組みです。
ここまで聞くと「じゃあ指名を取ればいいじゃん」って思いますよね。
僕もそう思ってました。最初は。
でも、ちょっと想像してみてください。
デビューしたての、何者でもない無名のJr.スタイリスト。そのカット料金に、2,200円の指名料が上乗せされる。
合計すると、当時、近所のMI◯Xさんあたりのディレクタークラスより、高いカット料金になっていたんですよ。
街の有名店のトップより高い金額を、何の実績もない新人が提示して、「僕を指名してください」と言う。
……これ、無理じゃね?
案の定、1年ちょっと頑張っても、僕の指名売上は100万円にも届きませんでした。
しかも、納得いかなかったのが、社長のお気に入りだけは原宿に来なくてよかったこと。同じ条件のはずなのに、そこは別なんだ、って。
で、当時の僕はどうしたか。
「この仕組みのせいだ」「指名料が高いせいだ」って、ぜんぶ料金とお店のせいにしてたんです。笑
仕組みが相当エグかったのは、たぶん事実です。
でもね
仕組みのせいにしているうちは、何ひとつ変わらなかった。
それだけは、今ならハッキリ言えます。
今にして思えば、会社組織ってどこもそうなんですよね。結局、誰かに人生の舵を握られている。それは後から理解できました。でも当時はイライラしかなかった。このあたりから、「自分は捨て駒なんじゃないか」っていう感覚は、ずっとどこかにありました。
売上が半分になる、を2回経験した
で、そんなことをしているうちに、お店が明治通りの道路拡張のために閉店。思えばあれは定期借家だったんでしょうね。
僕は、まったく毛色の違う代官山の店舗へ移ることになりました。
自分の意思じゃないですよ。会社の都合です。「あ、君は代官山ね」って、それだけ。
地域が変わった経験のあるスタイリストさんなら、わかると思います。
売上、普通に半分以下になりました。
もう30も過ぎてるのに。さすがに、焦りましたよ。
その代官山も、ほどなくして閉店。今度は表参道の店舗へ。
そうなると・・・
また売上、半分になったんですよ笑。
もうさ、なんなのって感じでした笑。
原宿に飛ばされ、代官山に飛ばされ、また表参道に戻されて。全部会社の都合。自分で選んだことはひとつもない。
やっぱり捨て駒なんだな、って。その感覚がどんどん濃くなっていきました。
雑誌に出ても、売上は上がらなかった
そんな苦しい時期でしたけど、やさぐれなかったし、辞めようとも思わなかった。なんとか成り上がってやるっていう気持ちだけはあったんですよね。
で、考えたのが「雑誌に出ればお客様が増えるんじゃないか」ということ。そこからヘアメイクの練習と作品撮り、そしてブログをめちゃくちゃ頑張りました。
(ちなみに今は「撮影」って言う人が多いですけど、当時は外部からオファーが来てスタジオやロケに行くのが「撮影」で、自分で企画して撮るのは「作品撮り」って呼び分けてました。)
カメラを買って、PCを買って、メイク道具を買って。撮影のたびに衣装も買って、足りなければ後輩に「貸して」って頭を下げて、モデルさんにお願いして。休みなく練習して、毎日ブログを書いて。
そんな僕を見ていた大先輩が、雑誌の仕事を振ってくれたんです。

おかげで、サロンワークだけでは絶対に出会えなかったような、今をときめく有名美容師さん、カメラマンさん、編集さん、ライターさんたちと知り合うことができました。あのとき引き合わせてくれた大先輩には、本当に感謝しています。
でもね。
ここ、勘違いしてる人めちゃくちゃ多いと思うんですけど、
雑誌に出られるからって、売上が高いわけじゃないんですよ。
右肩上がりで売上が上がったかというと・・・
上がってない。
そもそも、雑誌を見て指名で来てくれるなんていうバブルな時代は、とっくに終わりを告げていました。デザインを作るのが上手いことと、お客様に呼ばれて指名されることは、まったくの別物なんです。
なのに僕は、現実から目を背けて、ただ楽しかった「デザイン作り」ばかりやっていた。
完全に現実逃避ですよね。
人のために頑張りすぎていた

で、それからの僕が何をやっていたかというと。
アシスタントの教育はもちろん、カメラもPCも使いこなせたから、お店のビジュアル撮影で他スタイリストのカメラマンをやり、動画も得意だったから、お店のS/SやA/Wのイメージ撮影、編集もやっていました。
朝2時間。営業後2時間。
気づけば自分のためではなく、人のために時間を使う毎日でした。
もちろん後輩の成長は嬉しかったです。でもある日ふと思ったんです。
「僕は何年、自分の人生を後回しにしているんだろう」
そこから、自分と関係ないことを全部断っていきました。
お店から頼まれる動画撮影や編集、写真のレタッチ。そして後輩の教育——本来それぞれの課題には担当の先生がいるんですけど、ちゃんとみてもらえていない子が多かったんですよね。それが気になって、もっと上手くなってほしいっていう思いで、遅くまで残ってやっていました。
でも、ぜんぶ手放した。「もうやりません」って。
そしたら、どうなったと思います?
「えっ、みんなこんなに時間あったの!?」
正直ビビりましたよ。めっちゃ時間あるじゃん、って。どんだけ搾取されてたんだよ、って。笑
「フォロワーを増やせば、お客様も増える」と本気で信じていた

さあ、ここからが「遠回りの本番」です。
時間ができた僕は、自分に向き合って何がいけないかをまず知ることから始めました。Instagramも研究した。マーケティングも学んだ。技術も、毛髪科学も。
ちょうどその頃、知り合いの美容師がデザインの発信で新規のお客様を月に100人呼んだ、なんて話を目の当たりにしたんですよね。
そこからの僕は、もうフォロワーを増やすことばっかり考えてました。笑
「フォロワーが増えれば、お客様も増える」
本気でそう信じていたんです。今思うと、ウケますよね。
最初は、ヘアメイクの技術を活かして、メイクの投稿ばかり上げていました。
メイクって、フォロワーを増やすのが本当に簡単なんですよ。新作のコスメを買って、それでメイクして上げていればいい。当時は、ね。
1日に500人、1000人なんてザラに増えました。
そんな投稿の中で、僕がやっていたのが「半顔をクローズアップして、片側だけメイクしていく」という見せ方。
これに目をつけてくれたのが、動画メディア「C CHANNEL」さんの担当の方でした。
「あの見せ方、斬新で新しいですね」って。
そこから声をかけていただいて、アンバサダーとして活動するようになったんです。今では半顔クローズアップのメイク動画って、けっこう目にするようになりましたよね。あの見せ方を作ったのは僕——って言っても、たぶん間違いじゃないと思っています。ちゃんと”新しい”と見抜いてくれたプロが、いたわけですから。
そう。発信者としては、それなりに結果を出していたんですよ。
外部のメディアからオファーが来て、報酬をいただけるくらいにはなった。
でもね
お客様は、一向に来ないんですよ。
……まあ、そりゃそうですよね。
美容院って、髪をやりに来るところ。メイクをしに来る場所じゃない。
そこで僕は考えた末、ヘアアレンジの投稿に切り替えたんです。笑
アレンジは需要があるから、やっぱりフォロワーは増える。YouTubeにも上げてみたら、100万再生いったりもしました。(前のサロンの肖像権の問題で消さなきゃいけなかったので、もう見られないんですけどね)
なのに・・・やっぱり、来ない。笑
そりゃそうなんですよ。美容院にアレンジをしに来る機会なんて、結婚式くらいしかないんですから。
そこで、ようやく気づいたんです。
「美容院のメニューの中で発信しないと、お客様は呼べない」
……当たり前のことですよね。笑
でもね、ここに気づくまでに、店を移動してから3年かかってるんですよ。
3年。
メイクの投稿、アレンジの投稿、C CHANNELのアンバサダー。全部やって、フォロワーも増えて、YouTube100万再生もいって、登録者は4,000人越え。
で、お客様ゼロ。
笑うしかないでしょ笑。
でも、この3年の遠回りがなかったら、僕は「フォロワー=お客様」だと信じたまま、ずっと同じことを繰り返していたと思います。
SNSで人生が変わった。
でも、その先にも壁があった
そこからの僕は、初めて自分の売上と真っ直ぐ向き合いました。
売りたい技術、マーケティング、経営。美容師って、一人ひとりが一つの会社みたいなものなんですよ。ここに気づけたのも、遠回りのおかげです。
ちょうどその頃、Instagramのリール機能が登場しました。
今度は「美容院のメニューの中で」発信することを徹底した。パーマの動画を投稿していたところ、大きくバズった。
予約が一気に増えました。ありがたいことに、たくさんのお客様にご来店いただけるようになった。
さあ、ここで「めでたしめでたし」になると思うじゃないですか。
ならないんですよ、これが。
当時はコロナ禍で全員マスク。お店には常に20数名のお客様がいて、僕は常に3〜4人、多いときには6人を同時に担当していました。新規のお客様がたくさん来てくださるのはありがたいんですけど、全員マスクだから顔の記憶がしづらくて、自分のお客様かどうかすらわからなくなることもありました。
説明する時間が足りない。カウンセリングが足りない。理想の共有が足りない。お客様との認識にズレが生まれる。
集客できれば幸せになれると思っていました。
でも、違った。
僕が本当にやりたかったのは、お客様をたくさん担当することじゃなかったんです。
一人ひとりのお客様としっかり向き合うことだった。
「お客様が来ない」で悩んでた時期の次に来たのが、「お客様が来すぎて向き合えない」という悩み。
贅沢な悩みに聞こえるかもしれません。でも、僕にとってはどちらも同じくらい深刻でした。
パーマを追いかけていたら髪質改善に辿り着いた
僕はもっとパーマを綺麗にかけたかった。
だから薬剤を勉強しました。毛髪科学を勉強しました。
パーマばっかり毎日アホみたいにやれたおかげで、普通のスタイリストの100倍速くらいのスピードで
いや、さすがに盛りすぎかな。笑
でもね、一般的な美容師のパーマ比率って1〜5%くらいなんですよ。月に1〜2人やれば多いほう。
僕は90%超え。1日6〜8人。月に120〜160人。
……100倍速、あながち盛ってないかもしれない。笑
でもここで、また新しい壁にぶつかるんですよ。
パーマって、髪がしっかりしていないと、再現性が低いんです。
だから僕は、
- 傷んだ髪を、どうしたらしっかりさせられるのか
- よりダメージなくかけるには、何を使えばいいのか
- このデザインにするには、どんなカットをしてからパーマすればいいのか
毛髪、薬剤、技術ノウハウ
その全部において、爆走しました。
そして気づいたんです。
パーマの問題じゃない。髪の状態の問題だ。
どれだけ技術があっても、髪が傷んでいれば理想通りにはならない。だったら先に髪を綺麗にしよう。
その考えが、今のCLASSE【クラス】の原点です。
当時はお店の商材だけでは限界を感じて、自腹で商材を購入して研究していました。周りから見たら変わった美容師だったと思います。でもお客様の髪をもっと綺麗にしたかったんです。
そしてその先で僕がたどり着いた答えは、これです。
「僕の知識欲は、もうこの店にいても満たされない」
もっと知りたい。もっと試したい。もっとお客様の髪を綺麗にできるはずだ。
その気持ちが、独立への最後の一押しになりました。
なぜ僕はカウンセリングに時間をかけるのか

ここからは、今のCLASSE【クラス】の話をさせてください。
昔の僕は、カウンセリングが重要だと思っていませんでした。
売れてる先輩方は皆、カウンセリングの時間の短さを自慢していた。ある意味、洗脳されていたんでしょうね。技術があれば十分だと思っていました。
でも違ったんです。
本当に必要だったのは、お客様を理解することだとわかった。
どんな髪型になりたいのか。なぜそうなりたいのか。何に悩んでいるのか。本当はどう見られたいのか。
そこまで分からなければ、本当に満足していただける施術はできません。
だから僕はカウンセリングに時間をかけるんです。
髪型を決めるためじゃないですよ。
あなたを理解するためです。
なぜCLASSE【クラス】は一般的な美容室より高単価なのか
ここも正直に話します。
僕は高級サロンを作りたかったわけではありません。
ただ、本当に意味のあることだけをやろうとした結果、今の形になりました。
髪を綺麗にするために必要な時間。必要な知識。必要な薬剤。必要な技術。
そこを削りたくなかったんです。
安くすることはできます。回転率を上げることもできます。
でも、それをやると僕が理想とするお客様の状態——その日だけじゃない、ずっと綺麗な髪——が再現できなくなってしまう。
だからCLASSE【クラス】は一般的な美容室より高単価です。
ただし、高い美容室を目指しているわけではありません。
目指しているのは、「遠回りしない美容室」です。
僕が20年以上かけて遠回りしてきたからこそ、お客様には最短距離で綺麗になってほしい。
そういうことです。
最後に
美容師になって20数年。
技術も学びました。SNSも学びました。経営も学びました。たくさん遠回りもしました。
でも最後に辿り着いた答えは、とてもシンプルでした。
フォロワーの数は、お客様の数じゃない。
雑誌に載ることは、指名されることじゃない。
そして
お客様が本当に求めているのは、「映えるデザイン」より「自分の髪が、ちゃんとよくなること」だった。
ここに辿り着くまでに、どれだけ遠回りしたか。笑
でもね、こうも思うんですよ。
女性にとって髪は単なる髪ではない。
髪が綺麗だと、朝の気分が変わる。人に会いたくなる。鏡を見るのが楽しくなる。自信が持てる。
人生の幸福度そのものが変わる。
だから僕は、年齢を理由に諦めてほしくないし、情報に振り回されてほしくない。お金を使うなら、本当に価値のあることに使ってほしい。
あの頃の遠回りがあったから、僕は今、髪そのものと真っ直ぐ向き合えています。
もしあなたが、過去に何か遠回りをしてきたなって思っているなら。
たぶんそれ、ぜんぶ後で効いてきますよ。
髪に悩みがなく、「いつも綺麗だね」と言われる女性を一人でも増やしたい。
それが僕の仕事です。
もし今、髪の悩みを抱えているなら、一度ご相談ください。
あなたの髪と本気で向き合います。
CLASSE代表
和田 しょういち
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